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地域で当たり前に暮らせる社会をめざして

2020年8月「せりがや(芹が谷) やめとくー」尾野一矢さんが発した一言で「かずやんち」でのひとり暮らしが始まりました。

一矢さんは1973年3月26日座間市生まれです。重度の知的障害と自閉症があります。愛情あふれる両親と姉と一緒に暮らしていましたが、中学1年生のときに障害児向けの施設に入所しました。共働きの両親が世話を続けるのが難しくなったからです。成人してからは23歳のときに相模原市緑区の県立障害者施設「津久井やまゆり園」に移りました。そこで、2016年7月26日、障害者19人が刺殺される凶悪事件が起きました。犯行に及んだ男はこの施設の元職員でした。「障害者はいなくなればいい」と主張するなど、 障害のある人を差別・排除する考えをあらわにしました。 この事件では、他にも職員2人を含む計26人が重軽傷を負いました。一矢さんも首や腹などを刺されて意識不明の重体となりましたが、奇跡的に何とか一命は取り留め、両親の懸命な支えで回復することができました。事件が起きた施設は建て替えが決まり、横浜市港南区芹が谷(せりがや)の仮移転先の施設での生活が始まりました。

 

両親は退院後も施設での暮らしがずっと続くものと思っていました。重度の障害がある人が暮らす場所は施設以外に無いと考えていたからです。そんなある日、両親は、重度の知的障害のある人が支援を受けながら地域のアパートで暮らす取り組みの撮影を続けていた映画監督の宍戸大裕さんと出会います。その縁で、障害者の地域生活を支援する西東京市のNPO「自立生活企画」ともつながりました。 「施設ではなく、地域のアパートでの生活という選択肢もありますよ」「私たちが支えますよ」 との提案に、両親は意を強くしました。集団生活を送る施設ではどうしても一矢さんのペースで生活することは難しく、もっと自由な生活をさせてあげたいという思いが両親の背中を押しました(この辺りのことは、宍戸監督の映画「道草」を観ていただけたらと思います)。そこで、2018年8月から、地域生活を見据えた取り組みが始まりました。介護者が週1回施設に出向き、家族と一緒に昼食を共にしました。一矢さんと介護者との間の信頼関係をつくるためです。 それから2年後の2020年8月、アパートでの宿泊体験をしたその日、一矢さんが発した「せりがや やめとくー」の一言で故郷座間市にあるアパートでの地域生活を始めることができました。

 


施設での生活が計35年ほどに及ぶ一矢さんにとっては戸惑うことばかりの日々かもしれません。それは、一矢さんに伴走する介護者たちも同じです。それでも重度の知的障害があっても地域で当たり前に暮らせる社会を目指して、ともに悩み、そして楽しみながら「かずやんち」で手探りの日々を送っています。

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