
公的介護保障の原点
- 一矢 尾野
- 1月3日
- 読了時間: 2分
更新日:1月4日
今日1月3日は新田勲さんの13周忌、私(大坪)を介護者として育ててくれた新田さん。1970年代の府中療育医療センターから続く脱施設、脱家族、地域移行、介護保障要求運動のリーダーにして今の重度訪問介護の産みの親。その仕事の大きさを改めて身に染みて感じる今日この頃…そして亡くなられた翌年の2014年に新田さんと動きを共にして来た、今、私の所属する自立生活企画代表の益留俊樹さん達の働きかけで、知的や精神の方々にもその対象が拡大され、その2年後の2016年に津久井ヤマユリ園事件が起きた。そしてその2年後、2018年に尾野一矢さんとの衝撃の出会いから今の地域移行のサポートをすることになり、今年は事件から10年、運命の巡り合わせ……新田さんから一矢さんへと繋がって来る地域移行の動き、決して消してはいけない運動のともしび。

しかしその重度訪問介護はパーソナルアシスタントやダイレクトペイメントに繋がる可能性のある見守りを中心概念とした長時間の滞在型として設計されていたはずなのに、単価が安いということでスポット介護のように短時間でどんどん切り売りされていっていると言う現実があるらしい…最近よく相談に来たりする他の事業所の代表の方たちがそんな話をしていた。新田さんの仕事も事件のことも決して、決して忘れる事はない…




コメント